2016/03/28

カスミサンショウウオの雄、ついに姿現す!


先日お見せした、Tくんがつくったビオトープに今年も現れたカスミサンショウウオの幼生も、かなり成長した。ときどき体が動くくらいにまでなった。

彼らを守ってきた外側の袋もだんだんと緩みがちになり、やがて穴が開いて、幼生たちがその穴から泳ぎ出していくのだ。

さて、今日は、先日お約束した、卵塊の中の幼生たちを守り、新たな雌の訪問を、水の底でじっと待っているサンショウウオの雄をお見せしよう。

カスミサンショウウオの雄、ついに姿現す!・・・・・このタイトルはちょっとオーバーだが、でも、これまで生きてきた年輪を感じさせるオーラが体中に漂う結構、迫力のある姿なのだ。

ちょっと可愛かったりして。

いや、そんなことを言ったら怒られますよ。

でも、やっぱり、ちょっと可愛い。




Re:ホバ?




以前、相次いで二人の学生から次のような意味の電話がかかってきた。

「実験棟の裏に人懐っこいハトがいるんですが、先生のところのハトではないですか(それが逃げだしているんではないですか)」

確かに私は2年前まで、ホバという名のドバトを飼っていた。
16年前(鳥取環境大学が創立された年)に、メディアセンターの窓に当たって翼の骨を折り、飛べなくなったハトだ。成鳥になる直前の、産毛がまだ残っていたハトだった。

メディアセンターの方の連絡で駆け付け、他に手立てがなく、私が引き取ることになった。それから13年、ホバの翼は回復せず、私が大学や自宅で飼っていたのだ。
たくさんの思い出を残して、(翼を使わず)旅立っていったハトだった。雌のハトで、無精卵の卵も100個近く残していった。

そのハトのことを2人の学生(KuくんとYaくん)は知っていたのだろう。

実は、その“実験棟の裏に人懐っこいハト”のことは私も知っていた。足環をつけていたことから判断して、人に飼われていたハトだろうと思っていた。確かに、人を見てもあまり怖がる様子はなかった。「ホバ」みたいなやつだなー。ホバの生まれ変わりか。Re:ホバか、いろいろ思ったものだった。

なぜかしら、そのReホバは、私がホバと休みの日にときどき散歩した、実験棟の裏(木工室の前)がお気に入りで、そこで地面の餌を食べているのをよく目にした。ホバと同じ「雌」だった。

これからRe:ホバはどうするのだろう。
大学には、いろいろ心配しなければならない動物が、建物の中はもちろん、建物の外にもたくさんいるのだ。まだまだ若さを失うわけにはいかないのだ。
念のために言っておきたいのだが、一番優先するのは当然のことながら「学生たち」だ。いや、ホント。

2016/03/27

春の畑の土のにおい



自宅の(借家だけど)畑の土を少しだけ掘り起こしてみた。

そこから湧き上がるにおいは、私に、鮮やかでとても懐かしい記憶をよみがえらせてくれる。

それは私が、小学生の時、中学生の時、高校生の時、そして大学生の時(にも)、父母が住む故郷の畑で、春の畑を耕しながら感じたあのにおい、あの記憶なのだ。

たいていは、しばに一緒に耕す、兄がいたり、父がいたり、そして3年前に逝った母がいた。

暖かくておいしい空気の中で、少し耕しては草を除き、少し耕しては草を除き、そして畑はきれいな土色へと変わっていった。鳥が鳴いていた。ウグイスやジョウビタキなどだった。


動物行動学的に見て、ヒトは、愛情と攻撃性の動物である。多くの動物がそうである。
生物としての生存・繁殖には両方が必要なのだ。

でも、一方で、ヒトは、自分がどう生きるかを考え選択できる動物だ。
そして、傑出の言語学者にして進化心理学者のスティーブン・ピンカーは最近の話題著書「暴力の自然史」の中で、(意外に思われる方もおられるかもしれないが)人類間の殺人の頻度は、歴史の進行とともに一貫して減少していることを明白な数値とともに示している。

ひょっとすると遺伝的にも、愛情の感情をもちやすい性格の人のほうが、自然選択の結果増えているのではないかとの可能性も示している。確かに、石器時代と中世の時代と現代では、環境が違うのだから、どんな性質の個体が生存・繁殖に有利なのかは違ってきて当然とも考えられる。

技術の進歩がますます加速する現代において、さてどんな未来になっていくのだろう。
いわゆるAI(人工知能)なども踏めた「持続可能な社会」(そのためにはもちろん健康な生態系が不可欠である)の実現、がカギになることは明らかだ。

そして、私はどう生きるのか。
正直、日々の生活にゆとりがないんだよねー。その中でも信念の小さな断片をもっとたくさん社会に渡たそうと努力するのか、あるいは生活をガラッと変えるのか。

宝くじ、当たらないかねー。多くの人が思うことだろう。私は買わない(買ったこともない)けれど。

土のにおいを感じながら畑を耕していると、愛情が少し多めの心でいろいろ考えるんだよねー。

2016/03/26

奥深いオカヤドカリ


以前本ブログで、オカヤドカリについてご紹介した(と思う。確か・・・。私は基本的に、過去にやったことは覚えていない)。

日本では小笠原諸島、南西諸島などで見られる熱帯・亜熱帯性のヤドカリ類で、名前の通り、成体は海岸の陸地部分で生活する。

研究室の机の上に置いた水槽の中で飼育しているのだが、なかなか奥深い生物だ(いつの日か、この動物で、”意識”あるいは”認知”に関するあっと驚く発見があるに違いない!と思うことがある)。

「奥深い」と言えば、オカヤドカリはしばしば穴を掘って、土中に部屋をつくり、その中で休息することがある。下の写真の一番上が、その入り口の小さな穴で、中を見てみると、部屋があってその中に丸まっている(二番目の写真)。やはり奥深い動物なのだ(意味が違ーーーーう)。

このたび私はなんと、このオカヤドカリが、私に隠れて(正確に言えば、あたかも、隠れるような様子を漂わせながら)、なんと!容器の中の水を(水をですよ)飲んでいるところを目撃したのだ。
そして、なんと、その場面を動画に撮ったのだ。

こっそりと(正確に言えば、こっそりといった様子を漂わせながら)水を飲んでいる姿を、今回は、日ごろ私のブログを読んでくださっている皆さんへの感謝の気持ちとして、お見せしたいのだ。

「”意識”あるいは”認知”に関するあっと驚く発見」はどこへ行ったのか?
・・・・・ ほーっ、それを今聞きますか。今?

では今日はこのへんで。








2016/03/24

春の気配に憩うヤギたち




ここ数日、ヤギたちの動きががぜん春っぽくなってきた。

暖かい空気の中でまどろんでみたり、と思うと、春の気配を喜ぶように、そこかしこで、遊びの角突きに興じてみたり(下の画像をご覧あれ)。


動物に心はあるのか?・・・・これは科学の長い歴史の中で、最近になって初めて追及すべきテーマとして認められるようになった問題だ(以前は、そんな問題は科学が扱う問題ではない、と言われていたのだ)。

私の中では二人の人格がこの問題に答える(断っておくが二重人格という意味ではない)。

一方の人格は言う。「動物に心はあるのか? あるに決まってるだろ」
他方の人格は言う。「それは心の定義にもよるが、ヒトの場合の感情に近い内的体験を感じている可能性は高い。でもヒトの内的体験とヤギの内的体験は違っている考えられ、科学的研究がその理解を進めてくれるだろう(進めてやろう)。まー、決して完全な解明には至らないことは明らかだが」

私の中で起こっていることは、前者の人格(対生物モジュール+対人モジュール)に突き動かされて、後者(対物モジュール)が科学的実験を考える、といった感じだろうか。ちなみに、両者の人格を生み出す脳内回路は、基本的に異なっている可能性が高いことが知られている。

「なんか、理屈っぽいんだよなー。」今、私の中の前者の人格が活動した。










2016/03/22

今年もカスミサンショウウオがTくんの池で産卵した






上の写真は、2008年に大学を卒業したゼミ生のTくんが、卒業研究でつくったビオトープに産み付けられたカスミサンショウウオの卵塊だ。

 中の胚は、幼生の姿に近づいている。もう少しすると神経同士がつながってきて、ぴくぴく動き出す。

 Tくんのビオトープづくりは本当に大変な作業だった。大学の敷地内の林に長径8mくらいの水場を独力で堀りあげ、周囲を整え、最後に、近くの水場から希少動物を採集して放したのだ。

 その中の一つがカスミサンショウウオの卵だったというわけだ。
 その後、卵は孵化し、幼生になり変態して幼体になった。幼体になったら陸上に上がり林床での生活がはじまる(幼生は3年程度は全く水場には入らず、3年後の晩春、成長した姿になって水場で繁殖活動を行うことが知られている)。

 
 そしてだ。ここからが圧巻なのだ。
Tくんが放した卵たちは、きっちり3年後に、成熟してTくんのビオトープに戻ってきたのだ!素晴らしい。場所を覚えていたのだ。

このように繁殖地を増やしておけば、その地域から希少動物が絶滅する可能性は減少することになる。

下の写真が、Tくんがつくって、今ではその土地の一部としてなじんでいるビオトープだ。いろいろな生き物がこのビオトープを利用している。今、カスミサンショウウオの卵塊が増えつつあるビオトープの中の底には、新たな雌がやってくるのを待ちながら、また子どもたちを保護しながら、じっと潜んでいるに違いない。

えっ? そのカスミサンショウウオの雄の成体の姿が見たい?
それは近々、お見せしましょう。迫力あるよ。




2016/03/21

モモンガとの対話



 上の写真を見ていただきたい。

 モモンガの実験をやっているとき、モモンガが何度も私の所へ来て聞くのだ(そう感じるのだ)。

 「ねー、おじさん、何してるの。ねー」

 こんな顔で見られたら、あなたならなんと答えます?

 私は心の中で答えるのだ。「あなたのことを知るためのお仕事。だから向こうの装置のところへ行って置いてあるものを見てくれない」

 するとモモンガは、「ふむふむ、そっかお仕事か。頑張ってね」
 そういった顔をして、装置とは全く別なところへ飛んでいくのだ・・・・。
 

みんな元気でね



昨日は卒業式だった。

巣立っていくゼミの学生たちが、プレゼントといって、帽子とポシェットをくれた。

どちらも私が愛用しており、かつ、どちらもかなりくたびれているのを学生たちは知っていたのだ。

卒業に当たって、「まー、小林に何か贈ってやろうか」という話になり、「だったら帽子とポシェットだろう」と、かなりすんなり決まったに違いない。だれがどんな顔でどんなふうな発言をしたかわかるような気がする。

アウトドア製品なら、Kくんがmont・bellに就職することになっているので、そこの製品のなかから選ぼうということになったのだろう。

正直、うれしかった。

なので、今日、mont・bellの帽子をかぶってた写真をこのブログに載せることにした。

卒業式の日は、特には思わなかったが、少なくとも大学で、いつものように顔を見ることがもうできないのかと思うと、結構、寂しい気がしてきた。

ところで、ばっちしmont・bellの文字が見える写真を載せたのだから、mont・belから広告料、もらえないかなー。

逆に、著作権を請求されたりして。

みんな元気でね。



2016/03/19

ホンヤドカリの社会を垣間見た思いがした場面


私は、研究室の机に座ったとき、必ず、何か動物が見えるようにしている。

心が落ち着くし、偶然、その動物の意外な(貴重な)行動などを発見することがあるからである。

目下の観察動物は、ホンヤドカリとオカヤドカリである。

ホンヤドカリは海水を入れた水槽の中で、オカヤドカリは砂を入れた水槽の中で、いろいろな行動を見せてくれている。

下の動画は、「へーっ、ホンヤドカリという動物にもこんな仲間同士のいざこざがあるのか」(これだけ発達した相互認知と社会的行動をもつのか)と感じさせてくれた場面である。とても興味深かった。

でも、同時に、オマエヤリスギダロ!モットオモイヤリヲモッテセッシロヨ!という感情もわいてきた。

ちなみに、”とても興味深かった”という感情は、私の脳内の「対生物認知モジュール」が作動したせいであり、”オマエヤリスギダロ!モットオモイヤリヲモッテセッシロヨ!”という感情は、「対人認知モジュール」が作動したせいである。

動画を見て、あなたはどんな感じをもたれましたか?


2016/03/16

要注意!!! 心臓に自信がある人しか見ないでください!!!

とある大学関連の建物の水槽に現れた謎の生物。信じないかもしれないがこれは現実なのだ。実物なのだ。

ブログに大きなインパクトを与えるために私が賭けに出た!とでも言えばよいのだろうか。

いや、そんな薄っぺらな人間ではないのだ。私という人物は。

私は伝えたいのだ。地球上にはまだよくわからない生物がたくさんいることを。そして人間よ、謙虚になろう、と。

・・・で、下の映像だ。


要注意!!! 心臓に自信がある人しか見ないでください!!!・・・・言ったからね。 一応ちゃんと言ったからね!!!!


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2016/03/15

ブラックスワン 黒鳥はなぜ黒いのか

オーストラリアネタを今日も一つ.

下の一番上の写真は、私がゴールドコーストの、とある湖で出会った黒鳥、いわゆるブラックスワンである。一人でゆっくりと泳ぐその後ろ姿は、どこか女性の憂いを感じさせて、思わず涙しそうになった(わけはない)。でも、繊細な野生の感覚に満ち溢れた私には(うそぴょーーん)、実際、心、が締め付けられる思いがした。

ところで、動物の体色にはそれぞれ、生存・繁殖に役立つ意味がある(もちろん生物現象だから例外もあるが)。

たとえば海鳥の多くが白色なのは(特に腹側が)、海上で魚を狩るとき、もし黒色だったら、水の中から空を見上げた魚に発見されやすく逃げられやすいからだと考えられている。魚が見上げた空は白く、その白さの中に、海鳥の白さが混じれば、海鳥は攻撃直前まで見つかりにくい、というわけだ。



さて、ここからが私の仮説だ。
白鳥は雪のある場所で過ごすことが多く、捕食者から発見されにくいために白い。同時に、求愛の時、くちばしの付け根のあたりの黒が、顔を含めた体の白さとのコントラストでよく目立つ。彼らは求愛の時にくちばしの付け根の”黒”を信号として使っているに違いない。

一方、黒鳥はどうか。彼らは渡りもぜず、亜熱帯気候のオーストラリア内で過ごすため、雪を背景に立つことはない。むしろ彼らにとって大切なのは、異性へのアピールになるくちばしの付け根だ。その色は・・・・赤だ。そしてその赤を一番よく目だたせてくれる色は、・・・・黒だ。

それはグンカンドリの、求愛時に膨らませる赤いのど袋と黒い体との組み合わせが進化したのと同じ現象かもしれない。

ふむ、なにやらそれらしい仮説に聞こえるではないか。


※白鳥の”くちばしの付け根”とグンカンドリの”黒い体と赤いのど袋”については、ネットか何かで調べてみていただきたい。





2016/03/13

ブログの再開とブルードラゴン



ブログの再開とブルードラゴン


1月19日に最後のブログを書いたのは覚えている。
そこからだ。私の長くて辛い冬眠が始まったのは。
体がだるい。頭が動かない。疲れがとれない、気力が湧かない。そのうち、歯が痛くなり(歯科医院で歯を抜いた)、風邪もひいた。でも仕事はこなさなければならない。時には、笑顔も見せなければならない(きっと顔が引きつっていただろう)。

鬱病だろうか、更年期障害だろうか、ヒューマン・ベアー(そういう病気があるのだ)だろうか。私は・・・・辛かった。ブログを書くゆとりなどまったくなかったのだ。

でも、ふとしたことからわかったのだ。そんなストップした私のブログに、けっこうたくさんの人が来てくれていることが。新しい記事はない。まったくない。でも、理由はわからないけど来てくれているのだ。

だから私は、ブログを再開することにした。つたない内容になるかもしれないが私は書くことにした。どれくらいの頻度になるかはわからないけれど書くことにしたのだ。。

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さて、下の写真は、私がオーストラリアのゴールドコーストの海岸で見つけた動物だ(体調が悪い中、力を振り絞って、仕事でオーストラリアに行ったのだ)。
学生たちが造成間もない海岸のゴミ拾い(および植樹)をしている間、私も最初はゴミ拾いをしていたのだが、気が付くと動物探しをしている自分がいた。本当に困ったものだ。

さらに困ったことに、いろいろな動物を見つけては、ささやかな感動を分け合おうと、ゴミ拾いをしている学生たちを呼び寄せるのだ。学生たちの仕事への「援助」がいつの間にか「無援助」、そして「妨害」へと変わっていったわけだ。

写真の上2枚は、私もはじめて見る奇妙な動物だった。学生たちも歓声を上げて見入ってくれたのだが、彼らの「それは何ですか?」との質問に私は即座には答えられなかった。
でも最後に、「ウミウシだと思う」と言った。

帰国してゆっくり調べてみると、それは通称ブルードラゴンと呼ばれるアオミノウミウシの一種であることが分かった。ちなみに、昨年書かれたネット記事に次のようなものがあった。

「豪州の海岸で大変稀少なブルードラゴン(アオミノウミウシ)が発見された」(i.togetter.com)
さらに別な記事に、「ブルードラゴンはカツオノエボシやギンカクラゲを餌にする」と記されていた。

私は、一番下の写真のような造成間もない海岸でその稀少なブルードラゴンを発見したのだが、その周囲で、なんと、まさにカツオノエボシやギンカクラゲも発見していたのだ(それは本当のことだ。それは学生たちがよく知っている)。

いや、「私はもっている」というのだろうか。

ここまで読んで、あなたは、小林は本当に体調が悪かったのだろうか?と疑惑の目で見てはいないだろうか。オーストラリアで結構、楽しそうな様子ではないか、などと思ってはいないだろうか。
でも違うのだ。本当にオーストラリアでも体調は悪かったのだ。悪かったのだが、これが私のサガというものだろうか。コクチョウ(黒い白鳥だ)も含めたくさんの鳥や、フルーツコウモリをはじめたくさんの哺乳類や、魚や昆虫などを見てしまったのだ。

ああ、面白かったけど苦しかった。苦しかったけど面白かった。



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